nezuzyouziのブログ

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無垢で深い愛のまき。パラレルファクター。

nezuzyouzi.hatenablog.comこのお話は、↑↑のお話の続きです。

せんろ議員 は、いま、ワコクの今の目標と言えるものに取り組んでいた。

もう、ゴールデンウィーク

人々は、あちらこちらへ行楽に出かける、ある人は、遊園地へ、ある人は、野球を見に出かける。博物館へ行く人も、また、いるであろう。 しかし、せんろ議員は、どこへも、行かなかった。本当は、「せっかくのゴールデンウィークだ。どこかへ行こう。」と、思っているだろうが、今は、国のため、くっと、こらえている。ある、小説家の先生が、「人は、生きるために、良い対立することを選んだ。で、あるならば、くっと、こらえねば、なるまい。と、言ったそうだが、せんろ議員も、今、くっと、こらえている。自分の気持ちを、旅に出たい気持ちを。

 

せんろ議員は、昨晩、ワコクの国会議事堂の食堂で、ラーメンを食べた。とても、美味しかった。その美味しいラーメンをある野党の議員と食べた。その野党議員は、ラーメンを美味しそうに、食べているせんろ議員の向かいで、本を読んでいた。せんろ議員が、「もう、夕飯を食べたの?何、食べたの。?」と、聞くと、「カレーライスです。カツの。」と、言った。

せんろ議員は、「そう。カツカレーね。アレ、美味しいよね。僕、カツカレー好きよ。」と、言って、笑った。今、笑っているせんろ議員の向かいに座っている議員は、

野党の紅鷹党の安達議員である。安達議員は、なにやら、本を読んでいる本には、

「新道少年野球団 作 井上ひさし」と書いてあった。

安達議員は、せんろと、同期であった。年齢もせんろより、少し、若い。

安達議員は、お母さん子であった。安達議員のお母さんは、料理がうまく、安達議員が、寝るとき、ドレスタニアや、ワコク、キスビットの昔話をよく、聞かせてくれた。

安達議員は、お母さんの話してくれる昔話が好きであった。安達議員は、お母さんの優しい声、語りを聴きながら、眠りに落ちて行った。

この時、安達議員、いや、安達少年は、幸せ、いっぱいな気持ちで、夢の国へ、出かけて行った。

お母さん、ありがとう。僕、お母さん、大好き。そんな気持ちで、安達少年の心は、満たされいた。

安達議員が、政治の世界、ワコクの国政に足を踏み入れたのも、そんな大好きなお母さん、家族、妹のアキがいたからである。

安達少年が、安達青年となった時、そんな大好きなお母さんや家族に、恩を返すこと、お母さんにありがとうを、伝えるには、どうしたらいいのか。

安達青年が泣いているとき、大丈夫よ。タカシ。」と、言ってくれた。うえーん。うえーん。僕ね。僕ね。」と、泣いているタカシに、お母さんは、そういったのだ。

その時、タカシは、お母さんに「お母さんは、優しいね。僕、お母さんみたいになる。泣いている子を見たら、助けてあげるんだ。」と、言った。

その時、お母さんは、笑った。

そして、「タカシ。偉いわね。タカシは、優しい子ね。そんな風に言ってくれるなんて、お母さん、うれしいわ。」と、言った。

安達議員は、この時の、お母さんの笑顔が、忘れられない。この時の笑顔が、あったから、安達議員は、安達青年から、安達議員と、なったのかも、しれない。

そう、安達少年は、お母さんのつくるカレーライスが好きだった。特に、学校のテストで、いい点数をとると、今日は、ご褒美にとんかつを、入れようね。」と、いって、カレーライスに、カツを入れて、カツカレーにしてくれた。

その時、安達少年は、嬉しかった。嬉しくて、すぐ平らげてしまった。

そんな安達少年を見て、笑うお母さん。そして、温かい白いご飯、美味しいカレー、そして、赤い。ふくしんづけ。そして、兄に負けない。と、こちらも、ガツガツ食べている妹のアキ。安達少年は、この時、幸せな気持ちで、いっぱいだった。

だから、今から、安達議員は、与党、清和党に向かっていく。

清和党は、今、グローバル化を、進めようとしている。

ドレスタニアや、キスビット、チュリグ国。ひいては、アメリカや、インドなどと、手を取り合って、ともに栄えるという。

安達議員は、憂慮していた。グローバル化によって、ワコクの良さがなくなってしまうのでは、ないかと、憂慮しているのだ。

海外の人や、モノがあふれることによって、国が変わってしまう。

国が変わってしまう。ということは、母や、アキと過ごしたあの場所がなくなってしまう。と、思っていた。

国の良さを守るため、安達議員は、立ち上がった。紅鷹党の一員ととして、立ち上がった。安達議員は、かなで山の空を映した青さが好きだった。そい玉県の、節分祭りが好きであった。ワコクの夕方の夕焼けの空が好きだった。

これは、なんとしてでも、守りたい。とそう思っていた。

そうであるから、安達議員は、与党のせんろ議員に向かっていった。

せんろ議員は、このグローバル化においては、とても、力を尽くしていた。

いつも、ヘラハラしているせんろ。にやにやしているせんろ。

こんな奴に、僕の好きな町を、国をまかせられるのか。安達議員は、そう思った。

しかし、せんろ議員は、「どなれば、なにか、通ると思ってるの。グローバル化。今のワコクには、それが必要。この国には、いいもの。おいしい食べ物。不屈の精神、それに、笑顔、やさしさがいっぱいある。それを、海外の人に伝えて行って、この国から、和、わ、優しさの輪をひろげていくんです。柔らかい心が、大切よ、野党さん。」と、いって、笑った。

それを聞いて、安達議員は「何を。」と、思って、涙を流して、「せんろ。」と、叫んだ。安達議員は、エキサイトして、しまった。

安達議員が、エキサイトしていると、近くで。聞いていた、紅鷹党そい玉県連のシロタさんが、「落ち着け。タカシ。お前は、熱くなりやすい。所があるからな。落ち着つくんだ。お前、一人じゃない。俺たちがいる。仲間を、頼れ。落ち着け。安達。」と、言った。ミヤザキ県連の、ミチシタさんも「安達議員。冷静に。」と、言われた。

安達議員は、この時、頭の中が、真っ白になっていた。

安達議員は、後ろに下がって、シロタさんから水を渡され、水を飲むと、少し、落ち着いた。

水は、ひんやりとしていて、気持ちがよかった。

そういえば、子供の時。カレーを食べて、辛いと思って、水を飲むと、口の中が、ひんやりとして、気持ちがよかったなと思った。

そう思うと、なんだか、気持ちが落ち着いた。

気持ちが落ち着くと、ふと、お母さんの事を思い出した。

安達議員は。お母さんを思い出すと、「僕も、まだまだだなあ。」と、とても、小さな声で、疲れたような声で、言った。

その周りには、紅鷹党、そい玉県連のシロタさん。ミヤザキ県連のミチシタさんがいた。

二人は、疲れた様子の安達議員を見ていた。

安達議員は、今も、五月十三日の、母の日には、必ず、お母さんに、真っ赤なカーネーションを贈っている。お母さん、ありがとう。安達 タカシより、感謝をこめて。と、短いメッセージを添えて。

そのカーネーションは、とても、赤々としていた。紅鷹党のバッチのように、赤々としていた。