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北野武 ビートたけし 麒麟が来る。

北野武 ビートたけし 麒麟が来る

俺は、奴らが憎い。俺は奴らが嫌いだ。奴らはうまいことをいって刀を振り回し、飛び回り、ほうぼうを敵に回し、分が悪くなればすぐ、将軍様将軍様という、俺は許さない。何が武門だ。俺のように学を学び、人々が生きられる世界を作ったほうがいいじゃないか。大事なのは学だ。正しい知識なんだ。うまれじゃねえんだよ。何が尾張一の大殿だよ。わらわせんじゃねえや。俺はお前みたいのがのさばったら、おわりだとおもうなあ。俺、そう思うよ。こっちはこっちでたのしくやってるからさ。女もできたんだよ。俺いいもんだぜ。女ってな。いいもんだ。味噌汁作って待ってくれんだぜ。いいだろ。俺はお前みたいなのも嫌だなあ。動画の女に熱上げてるやつもおかっしと思うんだ。だって、お前も男だろう。何かやれよ馬鹿野郎。俺の幸せを少しは分けてやりたいなあ。住む場所も生きる場所も変わったよ。俺は昔、寺にいたんだよ。おいらに母さんが勉強させるってんでさ。そして、光秀とであってさ、信長とあって、こっちにのぼってきたんだよなあ。あれから何年たったかな。あいつは馬鹿だって笑われんのも、いいぜ。って、褒められて仲間が増えたり減ったりするのももう慣れたんだ。笑われてもさ、いいんだよ。「笑わせてやってんだから。」増えたり、減ったりするのもいいんだよ。そういうもんだ。と思ってこっち来てるわけでさ。あの日、あの時に担がれてここに来た時に覚悟は決まってたからさ。おいら、健さんみたいにさ。なんでも、筋通すおとこじゃねえけどさ、「腹減った時になんか食べるだろ。それみたいな覚悟のしかたもあるんじゃねえかなぁ。」と思うんだ。年取るといろんなこと言われんだ。あの時のほうがよかった。仏の道に邁進して皆がこれを修めれば世の中はきっとよくなると恥ずかしがらずに言えてそこになんの計算もなかったわけだから、そこに何もなかったわけだから。だけど、今は一字一句に考えを柱戦だよな。今だって。だから、今は昔の話を聞いても「この人たちってな。幸せだったのかな。そんなことをいう人間のほうが残酷なんじゃねえかなと思うようになった。なんでも露悪的になれってわけじゃなくてそこにどんな意味があるのかといて見せる。アウトレイジみたいな。もんだよな。龍三でもいい。悪に落ちた人間ってのは、悪なのか。悪を仕事にする人ってな。悪なのか。もし、それが悪だったら、それで飯を食う覚悟、存在する覚悟がいるんじゃねえか。と思ったわけだ。映画はどう見せるかの世界だ。漫才だって同じだよな。ならさ、この世界でお前はどう生きるのか。大変なことになりました。きれいな女がいました。なら、お前はどう生きるか。どう読んでどう、舞台に立ってどうやるのか。そこが大事なんじゃないかと思うんだ。精神論じゃない。明日、食うには生きるにはどうするかってことだよな。そんなこと考える俺はもう戻れないのかな。と思うわけだ。しゃぶしゃぶ屋でしゃぶしゃぶ食ってる人だってあくとるはな。明日生きるってことはさ、なりふり構っちゃいられないわけだから。まぁ、仏を修めた俺がこんなこと言うようになったらおしまいか。どんどんこっちも豊かになってきた。だめでもまあそれなりにやってるよ。だけど、こんなこと思うようになっちゃ終わりなのなあ。俺、一生何も知らない坊主だったらよかったのかな。残念だ。しゃぶしゃぶが来たぞ。肉うまいよ。俺これ好きだからさ。思えば俺の父ちゃんも兄さんの事鼻にかける奴だったかな。まあ、飯食う前にそういうのは無しだよな。。おい、お前、知らないだろ。しゃぶしゃぶのうまさを。一緒に食うか。うまいぞ。どんどん食えよ。さぁ、さぁ、おい。何、遠慮してんだよ。馬鹿野郎。

俺は笑った。鍋が煮えている。薄く切った肉が俺を待っている。俺は肉を見てニヤッと笑った。今日もこうして肉が食える。ありあがたや。ありがたや。

今週のお題「感謝したいこと」

きっと大丈夫だよね。光秀。麒麟が来る。

きっと大丈夫だよね。光秀。麒麟が来る。

ねぇ。聞いて聞いて。戦、全然進まないよ。いい国を作るために戦ってるのに、お坊様のところはさ。そりゃあ、お金があるかもしれないけど。お坊様がエッチなことしたり、お酒飲んだりして、困ってる人の事、わすれて、わーい。ってなってるのっておかしいよ。帝様にお願いしてこの間、話し合いにいってきたけどさ、お酒飲んで、しらないの。一点張りだよ。こっちはやめてほしいんだよ。こっちは我慢してほしんだよ。なんで願いを聞き入れてくれないの。みんなでさ、この間、決めたよ。もう新しくやっていくって、それなのに、お坊様が何か言ったからってどうしてその一声で何とかなるの。みんなの土地を私物化して勝手にして、何が知らないなの。そんなの、いけないよ。贅沢三昧、お寿司はおいしいかもしれないけど、おいしいものはたくさんあるかもしれないけど、食べ方がおかしいよ。おいしいものはみんなを傷つけるために食べるんじゃないよ。宝石はオシャレをするものなの。どうして、そうなるの。私もそういうところあるかもだけど、忘れちゃダメ。お坊様はどうしてそこがわからないの。でも、この間、そのお坊様のところに行ったら、町の人はいい人だって、私がコドモだから、いいところがわからないのかなって、コンビニのおじさんも、光秀とよく行くおじさんにはなしたら、「おっさんにまかせときゃす。」っていってお坊様に働きぶりや金銭感覚を直してもらったけど、うぉいのお兄さんが「おいおいおい。大人はなおらないぜ。みんな自分の言い分を言って折り合いをつけて、言いたいだけ言って生きてんだ、食いたいときに食いたいもの食って寝たいときに寝て、仕事は決まった日に行く。それが大人だぜ。信じられるのはほのこと声真似とマッシュルだけだ。ガキは魔法の本でも読んでフェレットと寝てな。俺はほのこ、聞くからよ。マッシュルの新巻も、買ってよ、ほのこを聞くぜ。将軍様と帝が洛中を直してくださった、めっちゃサンキュな、だけどよ。あの坊さんはこの町が嫌いなんだ。勘違いしてるぜ。マッシュルの漫画みたいに敵は間抜けずらになって、「わりゃあ。」で一発ならこの世はもっといいもんにならあな。声真似もほのこをみんなで聞きゃあ、耳があらわれて、「ちょとつも~しん。りょーいきてんかいだぜ。」と笑った。

私はほぺって、思ったけどさ、「わかりゃいいんだよ。とにかく、現実は甘くはねえんだよ、まあ、ガキは夢見る権利があるよな、どんな世でもよ。マッシュルみたいによ。」と笑った。

私はその時、ほぺって思った、だって、大人が怖いって言ったから、だから、光秀も怖いのって思ったよね。そしたら、お兄さん。「足元すくわれんなよ。ガキ。かわいい女の子でも気をつけてな。大人は甘くねえぞ。」ってエプロンして言ってたの。私、怖くなって光秀に行ったんだよ。帰ってくるまで待って、夜遅くに。そしたら、光秀、「怖いと思っているにはあなた自身です。人とは己を映す鏡です。人は案外、身近にいるものです。それが怖く、遠く見えたとき、それはあなたの心が見せているのかもしれません。精神論ではありません。これは見かたをかえよ。変えてみよ。と言っているのです。コンビニの彼もイケメンかもしれませんよ。」と笑ってた。その時、光秀、ぎゅってしてくれたんだ。大きかったな。大きくて、広くて、たくましかったよね。って、私も笑ったよ。だから、私、お坊様と話しをしてみる。負けたり、苦しい戦になったりするかもしれないけど。私、もうちょっと頑張ってみるよ。だから、見ててね。っていったら、光秀、楽しみですね。って、いって奥へ行ったの。ちょっと、冷たいなって思ったけど、「待ってよー。」って追いかけたよね。元気が私の魔法、だからね。嘘つかないモン。っておもうから、だって「私は私デショ!!」って、思うからさ。

ほのてんてーさん。面白かったです。

ほのてんてーさん。面白かったです。

今日は声真似のほのてんてーさんの音声を聞きました。声真似は声の真似なので女の子役の人は女性の役という感じが多いのですが今回は呪術廻戦の五条先生役をしていました。同じ先生とつくので良いのではないかということでしたがアニメのイメージとは違っていました。しかし、ほのてんてーさんが自分で考えて芝居をつけた。ということは大変良い試みだと思います。私はこのキャラクター・声優、俳優、女優を真似ているよ。というのではなくて、それを基本として、ほかの物事にも挑んでいく、空手で学んだことを相撲に生かす、バスケットボールで学んだことを野球で活かす。という風にこれはこれと決めつけずに一歩、一歩と歩みを進めていくことが重要だと思います。

ほのてんてーさん。面白かったです。ありがとうございました。

女の映画 キリンが来る。

女の映画 麒麟が来る。

光秀は思った。あの寺で出会ったときに医術を学んでいる少女を見たときに思った。なぜ、あの子があの場にいるのだ。千利休や名だたる大商人の中にあの子がいる。身分不相応だ。なぜ、あの子供がいる。いつも、隣にたって笑っていたあの子が見ないうちにいや、見ようとしなかったのか。立身出世を果たしていた。なぜだ。あの子には世の中を明るく照らす、朗らかに過ごすという漠然とした夢しかなかったはずだ。あの子は刀を手にしたことも鉄砲で人を殺したこともないはずなのに。なぜ、出世した。なぜ、この場にいるのだ。私は縦横無尽に駆け回り、領土を広げ、室町幕府安定のため、官僚制度を改め、老いた官僚ではなく若者が意見を出しやすいように幕政の改革を行った。おかげで私も出世した。なぜ、あの子があの場所にいる。あの子は誰かの隣で笑っていればよいのに。私が野を走り肉をさいている間に。あの子はたやすく労さずにここへ上がったというのか。しかし、知らなかっただけか。あの子がそれだけ才を持ち、人に慕われ、それがいつの日か輪となり、大きな力となっておしおせた。何年もあっていない。あっているが、その笑顔は私に向けられたものではなく、私の向こうの大きなものに向けられたものだったのだ。私が刀を振るい硯に墨を作り、紙に文字を流して時にあの子は努力を戯れを交流を続けていたのだ。私はすべてを分かった気でいたのか。書き表すとそうなるが私の見つけた夢など、やっとはっきりしてきた目標など、小さなものだったのか。ああ、長く過ごしたかった。あの子が一歩ずつ成長し時の中で泳ぐ姿をみていたかった。その場に固まってあるものなどないのだ。山から野へそして海へ水が流れていくように刻々と変わって生き物なのだ、この何年かであらゆるものが変わった。かくいう私も信長様はじめ、将軍様、そして三河の松平元康様、その配下のご家来衆、三河の里の国人一同と時の流れや文化についてそして、世の中にある一瞬の輝きについて微力ながら学んできたつもりだ。しかし、それは大きなものの中では小さなことにすぎなかったのか。そう思うと腹が立つ。なぜ、あの子があの場所に、あの寺のあの茶会の席にいるのか。納得がいかない。しかし、あの子には夢があった。世を照らし、人々を励ますという夢が。これからあの子はもっと大きくのびやかに変わっていくだろう。しかし、私も同じところにはいられない目下の目標は仏教勢力を抑え、金の流れをこちらに引き込むことだ。力を尽くさねば。しかし、あの子は、やってのける。明るい言葉を使い、誰にでもわかる平易な言葉で誰にでも響くように。そこが違いか。しかし、その違いを受け入れよう。大きな怒りを添えながら。しかし、私にも目標が見つかったところだ、些細なわだかまりでそれを痛めてしまってはならない。これは途中から始まった物語、すきな場面が40分ほどで切り替わってしまった映画。そんなことはない。今は言い聞かせる形になっても前に進もう、怒りを添えならも、この映画をみるために私はここに立っているのだから。怒りを隠しながら、添えながら、喪失に耐えながらも。大きな国を作るために。

国際市場で逢いましょう。麒麟が来る

国際市場で逢いましょう。麒麟が来る。

おい。おい。日に日にひどくなるばかりだな。まったくよ。武門は武門だけでやれってのに。まったくよ。俺は今日も聞きに行ったぜ。俺は声真似ありゃ白飯腹いっぱい食えるぜ。まったくよ。食べた事あんのか。聞いたことあんのか。騒いだことあんのか。俺みたいに普通に生きて声真似していたいやつ、聞いていたい奴のことなんて、考えた事ねえだろ。俺はな。おらぁな。声真似して、聞いて、マッシュル読んで、音楽聞いて過ごしてりゃ洛中がどうなろうと関係ねえんだよ。ほのこがいてくれりゃよ。それでいいんだ。本当だぜ。こんないい日がずっと続きゃいいんだよ。何が魔法だよ。何が夢だよ。何が織田軍の軍備の増強だよ。朝倉に負けてほえずらかいただけだろ。んなもん、おらあ、マッスルだよ。魔法がなかろうが何だろうが最後は実力よ。そのためにいきんだよ。そのために声真似聞くんだよ。俺にとっちゃ味噌汁よ。コメよ。声真似とマッシュルは、ははは。これでいいんだよ。店長も俺のこと気に食わない。らしい。まったく三度の飯よりマッシュルよ。おらあ、ほんとよ。おらあ、うそはつかないよ。マッシュルはいいよ。ほんとよ。嘘はつかないよ。ここいらで嘘つかないのは俺とインディアンとほのこちゃんとマッシュルの作者ぐらいよ。本当に。何が鉄砲を買うだよ。何が豪商だよ。何が堺だよ。何が本願寺だよ。戦ばっかりじゃねえかよ。おらあ、マッシュル読むよ。声真似聞くよ。おらあ、マッシュル読むよ。もう。バイトの女の子が急に結婚するだ。家庭に入るだ聞いてもおらあ、おらあ、おらあ、おらぁ、マッシュル読むよ。声真似聞きまくるよ。俺はマッシュル読みまくるよ。なあ、俺はこうしていたいんだよ。本願寺っていっても何にもしてくれない。その点マッシュルはいいよな。感動をくれるんだ。仲間の大切さがわかるんだ。おらあ、幸せの勢力圏にいたいんだよ。マッシュルだよ。まったく、毎日戦だよ。鉄砲の増強、足軽の募兵、志願者、志望者が過去最高、仏教勢力との対立、商人から鉄砲を買い付ける。バイトの子がうんたら、まったく、マッシュルだよ。まったく。緩い絵が員だよな。まったく。最後は実力よ。最後は仲間よ。最後はマッシュルよ。まったく、悪いニュースは聞きたくなかった。バイトの子は・・・。そっち方面も悪いニュースだった。まあ、どんなモノだって、同じとこにはいないわな。山水は皮に流れて里に行くんだよ。最後は海に行くよな。最後はマッシュルよ。もう、織田でも、本願寺でも、朝倉でも淡いでもなんでもいいから、バイトの子に男性いてもいいから、俺の目の前でやらなくていいじゃねえか。もう、俺、寝耳に水だった。だって、ああ、いや、美しい花だと思ってみてたら北風が吹いてそれを散らしたり映画でもいいよ。一枚ずつ脱ぐとすらあな。いいと思ってみててさっと変わって奥さんに変わんだぜ。めでたいよ。そりゃ、男性がいて家庭に入るのは立派だよ。でもさ、でもさ、この気持ちどこもってきゃいいのよ。この気持ちさ。新しいこと始めようとしたらこれだよ。食べ物の味もしてきたのにさ。もうアイゴーだよ。

もう、読むしかねえな。もう、マッシュル読むしかねえよ。でも何でよ。俺、いいと思ってみてたのに、なんで、もう、アイゴーだ。もう織織田でも、朝倉でも何でもいいよ。まったく、かなしくなってくらあな。

そこまで言うと彼は仕事に戻った。少し、驚いたかもしれないが花のつぼみはいつの日か花開き、花を咲かせ、実をつける。そして、枯れていく。書くのは優しいがその一画目を感じたということだ。いうは優しい。やるのは労する。ニュースが怖いのも身近な女性の小さな幸せにえも言われぬ心さむさ、さもしさを感じるのも一歩踏み出したからである。一つ一つの事柄に意味を感じ始めているということである。君も一歩一歩とよくも悪くも大人になっている。男の花が生きることの花を感じることができるようになったということだ。そして、また、強くなりまたここに戻ってくればいい。朝焼けの寒さに体の熱を感じながら希望に燃え、ここに戻ってくればいい。今その気持ちを忘れずにまた一つ、戻ってきたい場所を増やしながら、今日この日に。明日に祈りを込めて、アイゴーでなくファイティンと言葉を送りながら、国際市場で会いましょうとマッシュル好きの君に。

ファイティン。国際市場で逢いましょうと。有楽町で逢いましょうと。カムサハムニダ。と。感謝いたします。と言葉を送りたい。

 

それでもマッシュルを読んでいる。

 麒麟が来る。それでもマッシュルを読んでいる。

織田信長は朝倉を攻めました。後方支援に浅井長政を置きました。浅井長政の妻はお市の方と言い、織田信長の妹です。浅井家は古より朝倉氏と通じており、越前の朝倉・浅井といえば知らないものはいません。知らないものはいえば、織田信長も今は帝に支えられ、当代一の武将となりました。妹、家族も仲間もいます。今の彼には怖いものはありません。そのはずでした。そのはずでした、妹も妹、夫婦も味方をしてくれ、柴田勝家木下藤吉郎といった荒武者を従え、頼りになる知恵者、明智光秀、腐った官僚たちも従え、力を見せ越前を平定する。盤石の横綱相撲をとるはずでした。しかし、朝倉の方が一枚、上手だったのです。「わしは、自由が好きだ。蹴鞠や和歌や餅つきをしてまったりと過ごしたい。浅井殿よ。まったりとなされよ。越前の海の音に耳を傾け、まったりとな。ゆるりとするのはよいぞ。ところで、浅井殿、わしは武骨なやり方はすかん。まったりと自由に過ごすためには、ある程度の規則がいるのだ。そうだ。わしは将軍様の烏帽子おやであるぞ。わしが何をしようとわしの自由ではないか。のう、神代の昔より言うではないか、おなごはうかうかしていると取られてしまうとな。うまい料理も気を逃せば冷めてしまうぞ。魚は乾き、鍋は煮詰まり、酒はぬるくなり、興は冷める。月もいつかはかけ、雲に隠れる。これは理ぞ。浅井殿、そなたの妻はお市の方様だ。かの信長の妹様だ。あいつは食えぬ奴だ。わしを立てず、夢とやらにまい進し、この世の理をしらん。自由と勝手は違うのだ。のう、そうは思わんか。浅井殿。自由を愛する者が声高に理を叫ぶ、浅井は怖かった。市に朝倉と信長の手が迫ったら、和足はひとたまりもない。わしは武士、武士は理に生きるもの。かえって一日でも長く市と過ごしたい。浅井は思ったのです。

信長は大事な翼をもがれてしまいました。自分の持つ、織田信長と言う名前に負けたのです。夢を持ち、野望を持っていても、弟を殺し、おじを殺し、親戚一同を倒してしまったという事はかっこうの弱みでした。あの頃はきちょうもいて、光秀もいて、夢にまい進していたのです。大冒険、大舞台、大事な作品、初出演といって思い出の出来事ではありますが誰かによっては許せない過去、消しさりたい思い出、相手を攻撃するための弱みでもあったのです。信長の功績は、ある人たちにとっての罪でもあったのです。漫画のヒーローは魔法の力でどんどんと超えていきます。しかし、そののり超えた壁に人の涙と汗というなれば血のようなものまで使われているとしたら、それはその人にとって壁として課題として横たわる事でしょう。そこで一皮むけるかどうかも進化が問われるでしょう。光秀は思いました。この世界は皆が笑って暮らすにはあまりにもつらいと、であるなら強いものに巻かれる形になる方が良いとしかし、長いものに巻かれるとなったら、やることは一つです。目の前の織田信長に発破をかけて、「負けても。生きよ。今は引け。力をつけよ。光秀は信長にそう言いました。光秀の熱い心は信長に届き、信長は引きました。殿を秀吉と光秀が務め、信長のつゆはらいのような形となりました。ここだけ見れば美談のようですが光秀は苛ついてなんでも疑うので「とことん利用してやれ。長いものに巻かれるならば長いものを起こさねば。」と思った事でしょう。秀吉も幼いころに妹のいもを食べてしまったので「この命を正しい事のために使いたいと思い信長の殿を務めました。

「私は命を正しい事のためにつかいたいの。私、あなたを守るために戦うわ。」作り物の命のお前に何ができるのだ。お前になど血はかよっておらんわ。と朝倉はいう、戦うものはかっこいい。かっこいい人は何かを背負っている。それを「人殺しは犯罪ですよォ。声マネあればイースよう。」と笑う人もいる。けれど、彼らは確かにそこにいて彼もまたコンビニで働いている。夜は弁当がひかり、放送がかかり電子レンジが回り、漫画雑誌のキャラクターが笑っている。良いニュースは聞かないが朝は必ず訪れる。漫画家も漫画に苦しみ、キャラクターは敵に苦しむ。しかし、その様は美しい。遠くでスポーツカーは唸っている。ボンボボボーン。とうるさい。何時だとおもっとんなら。方言が聞こえる。マッシュル君がうなり、テレビがなり響くならば生きなければならない。漫画が面白いと思うなら、先に行かねば、なのはちゃんが可愛いと思うならば進まねばならない。長いものは起こし、先に行かねば。世界はかくも美しい。作られた命でも、魔法使いでもなのはちゃんでも、マッシュル君でも田村ゆかりさんでも前に進まねば、ならないのだ。

挫折なんかにまけないモンだ。人ごしはぁハンザイデスォォオ♡武門は武門でやってくれ、俺は穂の子ちゃんいりゃ、声真似ありゃ生きていけるよ・

いけたらいいね。光秀。

まだまだですね。次行きましょう。漫画面白い。マッシュル面白い。

 

麒麟が来る。来週も見ます。

いつもそこに君がいる。麒麟が来る

麒麟が来る。徳川家康登場

麒麟が来るに徳川家康が登場します。このドラマの家康には三河の人々、とりわけ三河武士と呼ばれる人々との約束があります。それは虐げられてきた三河武士に光を当てるということです。三河武士は今川氏にいいように使われ、徳川家康自身も歴史の荒波に家族を引き裂かれ。温かな家族団らんも経験することができませんでした。その代わり、織田信長と親交を深めることができたのですがどこかの場所に腰をすれて過ごすことができませんでした。手に汗握る、ドキドキワクワクな日々を過ごすこと、のちに歴史の英傑となる人々と過ごすことは楽しくて退屈しないでしょう。しかし、時々、母の胸や父の背中を感じたいときもあったはずです、人の生き死にやアドレナリンでへべれけになって立派な力を示す時、その陰に大けがをして救われるはずの命がどんどんと消えていく、苦しんで痛みだけを残していく。ということがあったでしょう。岡村さん演ずる菊丸は言いました。「我々が日のもとを歩ける時をおつくりください。」と言いました。いつものバラエティの半笑いの顔ではなく、寡黙な印象ですがどこか温かい、芯のある焚火のような目と声をしていました。いつでも、遠くでみていた岡村さん。そんな彼が家康に伝えました。次はお前の番だと伝えました。憎しみではなく、期待をかけました。本当は今にでも倒ししたいはずです。それを家康に菊丸は託しました。相手を憎むのではなく、託す、恨みではなく期待する。それを託した岡村さん。岡村さんの明るい声だから、あの顔だからできたことだ。と思います。いつも遠くで見ていた岡村さん。その方から思いの火を受け取った。その火は優しい火でした。焚火のような家族団らんのようなしかし、それは確かに家族団らんのそばにあったものです。それは消してきれいなものではないかもしれません。家族や共同体、あの居間のリビングの人々は煩わしいかもしれません。けれども、それはいつもそこにあり、岡村さんもまた遠くでそれを家康を見ていてくれていたのです。そこにいるけど、いないもの。応援してくれたり、励ましてくれているわけではないかもしれません。けれども、何かを感じることはできる。考えることはできるのです。

 今後、家康がどのようにして天下を取るのか。楽しみです。

岡村さん。いつもそこにいて、いつも誰かに聞かれている人。人にエールを送るなんて恐れ多いというかもしれません。けれども、彼はそこにいるのです。