上海の涙。
シソウは走っていた。この国一番のランナーとなるために。
呼吸を整え、走る。風になり走る。シソウは刀も振れず、学もない。
遠い地に恋人もおいてきた。夜などは、涙で枕を濡らし。月明かりの月影も、かすんでしまう。都の月は、故郷の月よりかすんで見える。なんでやろ。シソウは思った。
異郷の月に故郷思う。風の日々かな。シソウはそういうハイクを書いた。
異郷の月に星の波。おれのいたところの夜空はキラキラしていた。夜は明かりも伝統もないので真っ暗だ。けれど、恐れることはない空には満点の星のあかりが輝いている。俺もいつか星みたいになりたかね。と、田舎なまりでつぶやいたあの日。隣には君がいた。村の小町が一人。その子を村においてきてしまった。祝言もそこそこに。祝言は華やかであった。好きな軍歌風のはやし。いつか聞いた。リコウランの歌。いつまた帰るのリズムに乗せて。華やかであったが、質素であったかもしれない。もう少し、愛しの小町のために、もっといい祝言をあげられただろうに。けれど、俺は、あれが俺の祝言だと思った。
小町も可愛かった。美しかったし、小町も笑っていた。
今は、自分の夢に集中じゃあ。そう思う。
けれど、その時、思う。自分はどこに走っているのか。それが分からない。いや、それが分からないから走るのだ。と思った。
町を走っていると、リコウラン嬢の歌が聞こえてきた。
海ゆく舟影、いつかまた会えると祈りを込めて。と聞こえた。
君はどこにいるんだろう。この道を行けば君に会えるかな。
そう思ったシソウ青年。
海ゆく舟影、いつかまた会えると祈りを込めて。
ヒスイの月に絹の波。思いの器に塩が満ちれば。
遠い君を思う。
シソウ青年は走り出した。リコウラン嬢はただ歌っていた。さびしげな声で。
海ゆく舟影、いつかまた会えると祈りを込めて。
ヒスイの月に絹の波。思いの器に潮が満ちれば。
遠い君を思う。