勘十郎は、寒い中、寒い寒いと言って、トイレに行った。この頃、夜は冷える。冷えると、トイレに行きたくなるものだ。
廊下の窓から。外を見ていた。外は、雪が降っている。
勘十郎は、小さな声で、雪が降ってるな。といった。
夜の吸い込まれるような黒い空から、降ってくる白いもの。
これは、積もるな。明日は、早く起きるか。と、ボソッと、言った。
雪なんかに負け、工場を休むわけには、いかないからで、ある。
自分は、石屋の親父である。社長である。勘十郎さんであり、父さんであり、自慢の息子であり、パパである。勘十郎は、肩書をたくさん持っている。
男というのは、最近、石材店のパソコン部の山下が、言っていたことだが、最近では、男性という、らしい。だんだんと、言い方が、小奇麗になっていくなあ。と、勘十郎は、思った。
勘十郎の感覚としては、男性というよりも、男という方がしっくりくるし。
女は、女性ではなく、女という方が、実感として、分かりやすいのだ。
勘十郎は子どもの頃、父親である勘九郎さんに、「勘十郎。ようく。きけ。お前は、石屋の息子だ。男だ。しっかりしないと、ならん。いいか、男というのは、戦で、手柄を立てねば、ならん。」と、言っていた。それを、毎晩、夜ご飯のお晩酌の時に、よおく、聞かされた。その話を、毎晩、四つの時から、聞かされたので、そのように、育っていった。
ワコクの大空襲の時も、一目散に、おりんと、一緒に、山へ逃げた。
勘十郎は、逃げるとき、俺は、男だ。俺も、あの、カメリア人と、戦うんだ。と思ったが、
勘九郎が、今は、逃げるんだ。俺とお前は、男だ。戦うことは、いいことだ。
しかしな、今は、逃げよう。お前は、母さんを守れと、言われた。
その日、牛乳瓶のメガネが、とても、熱かったのを覚えている。しかし、熱いとは、思わなかった。
勘十郎は、父さんが、そういったとき。俺が、母さんを守る。と、心に固く誓った。
勘九郎父さんも、一緒に、おりん母さんと。一緒に山へ逃げた。
山の向こうには、やけどをおった人、手当てを受ける人。非難をしてきた人などで、いっぱいだった。
勘十郎は、ああ、花火大会みたいだ。と思った。
勘十郎は、夏に、おりんと、勘九郎父さんと、一緒に、花火大会に行った。
おりんは、浴衣、勘九郎父さんと勘十郎も、浴衣。家族三人で、お揃いだった。
勘十郎は、瓶のラムネを美味しい美味しいと、飲んでいた。
勘九郎父さんが、ラムネのふたを開けて、ビー玉を落としてくれた。
すると、ビー玉は、コロンと、コンコロンと、落ちてゆき。
しゅわっと、泡を立てた。我は、海の子、白波の~。という歌があるが、
その歌のように、ラムネは、白波を立てていた。
勘九郎父さんは、言った。「いいか。勘十郎。今は、父さんが、あけてあげたがな。いつかは、お前が自分で、あけるんだ。お前は、男だから。自立をしないといけない。分かったか。」と、閻魔大王のように、怖い顔で、言った。
その時、勘十郎は、思った、俺、何か。悪いことをしたんだろうかと。思った。
しかし、不思議と、嫌ではなかった。この怖いという心が。
怖さの中にも、あたたかさがあったのだ。
勘十郎は、その日、俺は、男なんだ。と、強く思った。
そのことを思い出して、山の上から、町を見た。
町は、燃えていた。
空は、変に、オレンジ色で、奇妙な美しさがあった。
勘十郎は、それを見て、畜生。と、山から見える町へいった。
ドラのような声で、おりんも、勘九郎も、びっくりしていた。
おりんが、やめな。勘十郎。気持ちは、分かるけどさ。ご町内の方がいらっしゃるだろう。」と、言った。
すると、勘十郎は、こういった、「うるさい。うるさい。俺たちの町をこんなに、しやがって。畜生。俺の家も、オダブツだ。この野郎。」と、ドラのような声で言うのをやめなかった。
すると、周りで、すすり泣く声やら、そうだー。という声やら、お父さん。お母さんやら、声がした。
おりんは、恥ずかしいと思っていたが、何やら、それを聞くと、自分の息子が歌舞伎役者に、なったような気がして、ちょっと、誇らしかった。
勘九郎さんは。「ほう。結構、粋な事、いうじゃねえか。なあ。と、おりんの顔を見て、
少しだけ、笑った。それは、どこか、誇らしげな顔だった。
そして、こうも言った、これで、うちの石屋も安泰だ。と、小さな声で、言った。
おりんは、その時、店、焼けちまっただろ。と思った。
でも、勘九郎さんは、どこか嬉しそうにしていた。
けれど、目には、涙が溜まっていた。暗い中でも、はっきりと、分かった。
その涙がキラキラ光っている火に照らされて、美しく光っていた。
悲しい涙だった。いや、嬉し涙だったかもしれない。
涙というのは 悲しいときにも、嬉しいときにも、出るのだ。
でも、腕はくっと、拳を握っていた。
けれど、どこか、嬉しそうだった。嬉しそうに、勘九郎は、勘十郎を見ていた。
我は海の子白波の騒ぐ磯部の松原に。
そこまで、思い出した時、勘十郎は、その歌を思い出した。
けれど、なんでだ。今は、冬だ。と思った。
そう思っていると、、アラタの声がした。
「父さん。何やってんだよ。」と、言った。
アラタも、トイレに来たのだ。いや、彼らのだから、便所かもしれない。
トイレというのは、こづえだけ、かも、しれない。いや、御不浄というのかも。
言葉一つ、とっても、変わってゆく。
文化も、心の在り方も。
しかし。変わらないものがある。
そんな難しい言葉を書き連ねていると、とっても、可愛い声、いや。コエがした。
「あーちゃん。パパ。いつまで、かかってるのぅ。キンちゃん、始まるヨ~。仮装大賞だってェー。」と、言った。
おやおや、女のコは、便所とも、御不浄とも、言わないそうだ。
なにも、言わず、それとなく、いつまで、かかってるのぅ。といった。
いやはや。
居間の方から、ケラケラ笑う声がする。「モウハジマッタよ~。ねぇ、あーちゃんさァー」という、声がする。勘十郎父さんは、こづえが、パパと、言わなかったので、少し、寂しくなった。けれど、嫌な寂しさではなかった。
嫌な寂しさというと、寒さも、嫌なものだ。
こちらも、長々と、書いている間に進展があったようで、
勘十郎は、アラタ、今日、寒いな。これは、積もるかもしれないぞ。といった。
そして、明日、朝、早く起きて、家の前と工場の前の雪かきだ。といった。
アラタは、嫌だなと思ったが、何だか、姉ちゃんのカワイイコエ^^を聞いていると、
イイかなと思った。けど、寒いのと、早起きが嫌だったので、結局、嫌だ。といった。
すると、勘十郎は、子供は、風の子だろうが。と怒った。
アラタは、それを聞いて、なんだよと思った。
しかし、居間の方から聞こえてくる。アハハハ。おばあチャン、面白いネ。コレねェ。
ユウジロぅだって。ヘー。似てるゥ。^^という声を聞いていると、頑張るかなという気持ちになった。
廊下は、暗く寒かった。
しかし、温かい気持ちになった。
暗い廊下にいると、部屋の明かりが明るく見える。
言葉一つ、とっても、変わってゆく。
文化も、心の在り方も。
しかし。変わらないものがある。
それが、ここにも、このお家にも、あったようだ。
我は海の子
我は海の子白波の
さわぐいそべの松原に
煙たなびくとまやこそ
我がなつかしき住家なれ。