ブログ声真似主 nezuzyouziのブログ

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冬彦と一つの花。 向田邦子。 

一人の人が可愛い声を出す。一人の人がかっこいい声を出す。一人の人が怖い声、悲しみのこもった声を出す。一人の日の陰りと共に変わっていく。その一瞬を見せていくのが役者さん。それが楽しいです。表情の筋肉の使い方。目の開き具合。ブレスの使い方。わざと大声を出す。鼓舞するために声をはる。声を潜める。足の使い方。手の使い方。刀の所作。道具の使い方。セリフの機微、男性でありながらも女性の声。青年でありながらも老人の声。女の人がのどをしめると男性の声。僕の声は大会声だから、調整すると良い声になる。それを見せていく。素敵です。文字を走らせる。その中で変わっていく。考えがまとまっていく。それを見るのが面白い。感じるのが楽しい。心の世界は分かりにくい。僕にはコントロ-ルはできない。だけど、それは同じなのだ。興奮すると我を忘れる。美しい人もそうであった。だから、僕個人もスタートは同じだ。僕もだんだんと変わっていく。カメラワーク。カット。それは同じだとこのゴールデンウィーク中に感じた。

変わっていくとき、僕は機微を見た。カメラが切り替わっていくように。右から左へ。声が躍っている。表情が躍っている。

それを見て行くのはたのしい。学びになる。

冬彦はまず、眼鏡をかけている。人を見るときはお母さん役以外は斜めから。眼鏡をかけているのに。裸眼で俺はここにいるぞ。と訴える。そんな人ではないのに。仕事ができる寡黙な男性なのに。心の中にエネルギッシュなロックな男を飼っている。

一花もまた、五人姉妹の中では、賢く幸薄そうだが、本当は誰よりも上杉に甘えたいのだ。大きな夢を抱え、実現に動くがそれは大きな構ってほしいが故の嘘のような部分もあり、そういう意味では、一番、スーパーヒーローにあこがれているかもしれない。それが発奮材料となり、自分の幼稚な部分を隠し、長女の自覚となる。そのような意味で冬彦に似ている。つまり、それをあぶりだすのである。連作、カメラというのは。僕個人も板についてきたが、まだまだな部分もあり、これを伸ばしていきたいと思う。だから、書くことは面白いのだ。