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なのはの休日。麒麟が来る。

なのはの休日。 麒麟が来る。

将軍は倒されました。三好軍に敗れたのです。三好は他の物を将軍に擁立しようとします、足利義昭は一般社会から距離を置いて寺に入り仏門に入っていたのです。足利家では長男の嫡男以外は仏門に入る決まりとなっていて義昭も例にもれず仏門に入っていました。寺で修業を積む中で、人間の至らなさ自分の小ささを感じた義昭は人のため、人のためと呪文のように唱えます。けれど、その中でたくさんの人を貧しさや苦しみから救いたいとおもう中で自分も死にたくない、苦しみたくないと思うようになります。弱い自分を知った義昭は還俗し徳の高いお坊様の道をあきらめます。しかし、徳の高さというのは誰が決めるのでしょう。お坊様にならなくとも、仏門に入らなくとも徳は積むことができる。と義昭は思ったわけです、旅をする中で開く道もあるでしょう。風の声を聴き、水の音に耳を澄ます。そうすれば、徳も開く事でしょう。そんな高い志の話もあればいろは大夫のように誰が上に立とうとも良い。商いが出来れば、生活があればよいと考える人もおり、高貴な職にありながら自分の命が惜しくなり、姉に助けを求める純粋な若者もおり、そこになのはだ。フェイトだ。と漫画的なものが加わります、この世界にはたくさんの人が住んでいます。いやあ。と畳の上で刀を振り回す人だけではないのです。

望まば、思いのままに、仏も刀もそこになります。もちろんなのはちゃんもそこにいる事でしょう。しかし、その上には現行の悪しき伝統や美しむべき伝統があります、すべて、この世界にはあります。少し、足を延ばそうとすればアメリカにだって行けるのです。しかし、光秀は今、この室町の世にいます。信長のようになのはちゃんのようなポップなかわいい活躍はできません、一つの目標に向かって生きる事、未来の大声優に吹き替えてもらうような活躍も、田村ゆかりさんのように器用な幅も持ち合わせていません。あるのはすれた心と、ほんの少しの優しさだけ、少し、擦れたこころで生きなけれあならないときも必ずあるのです。そういう人もいなければならない、そんなことを光秀は思ったのかもしれません、いろいろな事が出来る世の中で、自分はどれくらいの事が出来るのか。光秀はそれを考える人なので面白いです、そこは魔法でかわいくバリアジャケットを着て、ハートマークいっぱいで行けばいいのに、そういう方ではないので、そういう難しさはあります。麒麟が来る。来週も楽しみです、

 

 

「ふんふんへーー。皆なさ、悩みすぎ。でも、いっか。それが君の道だから。」

フェレットかわいいよ。はーい。柔らかいでしょ。いいだろ。カッワイイ~。」